中山道一覧(京都出発バージョン)
京都から江戸(現東京)の日本橋に行くには、東海道を行くのが一般的ですが、季節によっては川止めがあったりして、到着日時が読めなかったりします(これは、実は現代でも同様で、東名高速道路を利用するよりも、中央高速を使った方が、多少時間はかかるものの、設定した時間通りに到着するので、夜行バスなどはこちらを使うこともあります)。
東海道と中山道の分岐点(現代のものですw)滋賀県草津市にて。なお、慶長7年は1602年に相当します。
(「宿」の読み方は、一定せず「じゅく」と読むときと「しゅく」と読むときがあるようです)
- 京師(けいし:京都府京都市)
- 大津宿(おおつしゅく:滋賀県大津市)
- 草津宿(くさつしゅく:滋賀県草津市):ここまでは東海道と共通
- 守山宿(もりやましゅく:滋賀県守山市)
- 武佐宿(むさしゅく:滋賀県近江八幡市)
- 愛知川宿(えちがわしゅく:滋賀県愛知郡愛荘町)
- 高宮宿(たかみやしゅく:滋賀県彦根市高宮町)
- 鳥居本宿(とりいもとじゅく:滋賀県彦根市)
- 番場宿(ばんばじゅく:滋賀県米原市)
- 醒井宿(さめがいじゅく:滋賀県米原市)
- 柏原宿(かしわばらじゅく:滋賀県市米原市):ここまで滋賀県
- 今須宿(いますじゅく:岐阜県不破郡関ケ原町)
- 関ヶ原宿(せきがはらじゅく:岐阜県不破郡関ケ原町)
- 垂井宿(たるいじゅく:岐阜県不破郡垂井町)
- 赤坂宿(あかさかじゅく:岐阜県大垣市)
- 美江寺宿(みえじじゅく:岐阜県瑞穂市)
- 河渡宿(ごうどじゅく:岐阜県岐阜市)
- 加納宿(かのうじゅく:岐阜県岐阜市)
- 鵜沼宿(うぬまじゅく:岐阜県各務原市)
- 太田宿(おおたじゅく:岐阜県美濃加茂市)
- 伏見宿(ふしみじゅく:岐阜県可児郡御嵩町)
- 御嶽宿(みたけじゅく:岐阜県可児郡御嵩町)
- 細久手宿(ほそくてじゅく:岐阜県瑞浪市)
- 大湫宿(おおくてじゅく:岐阜県瑞浪市)「大久手宿」とも
- 大井宿(おおいじゅく:岐阜県恵那市)
- 中津川宿(なかつがわじゅく:岐阜県中津川市)
- 落合宿(おちあいじゅく:岐阜県中津川市):ここまで岐阜県
- 馬籠宿(まごめじゅく:岐阜県中津川市)
- 妻籠宿(つまごじゅく:長野県木曽郡)
- 三留野宿(みどのじゅく:長野県木曽郡)
- 野尻宿(のじりじゅく:長野県木曽郡)
- 須原宿(すはらじゅく:長野県木曽郡)
- 上松宿(あげまつじゅく:長野県木曽郡)
- 福島宿(ふくしまじゅく:長野県木曽郡)
- 宮ノ越宿(みやのこしじゅく:長野県木曽郡)
- 藪原宿(やぶはらじゅく:長野県木曽郡)
- 奈良井宿(ならいじゅく:長野県塩尻市)
- 贄川宿(にえかわじゅく:長野県塩尻市)
- 本山宿(もとやまじゅく:長野県塩尻市)
- 洗馬宿(せばじゅく:長野県塩尻市)
- 塩尻宿(しおじりしゅく:長野県塩尻市)
- 下諏訪宿(しもすわしゅく:長野県諏訪郡)
- 和田宿(わだしゅく:長野県小県郡)
- 長久保宿(ながくぼしゅく:長野県小県郡)
- 芦田宿(あしだしゅく:長野県北佐久郡)
- 望月宿(もちづきしゅく:長野県佐久市)
- 八幡宿(やわたしゅく:長野県佐久市)
- 塩名田宿(しおなだしゅく:長野県佐久市)
- 岩村田宿(いわむらだしゅく:長野県佐久市)
- 小田井宿(おたいしゅく:長野県北佐久郡)
- 追分宿(おいわけしゅく:長野県北佐久郡)
- 沓掛宿(くつかけしゅく:長野県北佐久郡)
- 軽井沢宿(かるいさわしゅく:長野県北佐久郡):ここまで長野県。読みは「かるいさわ」がより正しい。
- 坂本宿(さかもとしゅく:群馬県安中市)
- 松井田宿(まついだしゅく:群馬県安中市)
- 安中宿(あんなかしゅく:群馬県安中市)
- 板鼻宿(いたはなしゅく:群馬県安中市)
- 高崎(たかさきしゅく:群馬県高崎市)
- 倉賀野(くらがのしゅく:群馬県高崎市)
- 新町(しんまちしゅく:群馬県高崎市)
- 本庄宿(ほんじょうじゅく:埼玉県本庄市)
- 深谷宿(ふかやじゅく:埼玉県深谷市)
- 熊谷(くまがやじゅく:埼玉県熊谷市)
- 鴻巣宿(こうのすじゅく:埼玉県鴻巣市)
- 桶川宿(おけがわじゅく:埼玉県桶川市)
- 上尾宿(あげおじゅく:埼玉県上尾市)
- 大宮宿(おおみやじゅく:埼玉県さいたま市大宮区)
- 浦和(うらわじゅく:埼玉県さいたま市浦和区)
- 蕨宿(わらびじゅく:埼玉県蕨市)
- 板橋宿(いたばしじゅく:東京都板橋区)
- 日本橋(にほんばし:東京都中央区)
より「歩く」ことを楽しむのであれば、現代的な開発が進んでいる東海道よりも中山道の方が好まれるようです。なお、「中仙道」との表記もありますが、「中山道」の方が正確です。江戸幕府より、御達しが来ています。
なお、そのうちちゃんとレビューを書きたいですが、「旧街道を21世紀の現代でも正確にたどろうとするのは、ほどんどのガイドブックだけでは、極めて困難」であると思われます。